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包むディスプレイデザイン

〜クリストを偲ぶ

last updated on Jun 15 2020
Ken Egami

1.包まれたアート

 
 2020年5月31日、建物を包み込む大規模なアートで知られるクリストが逝去した。クリストは妻のジャンヌ=クロード(2009年没)と「Christo & Jeanne-Claude」の名でパリのボンヌフ橋 ドイツの国会議事堂をはじめとする建築物を布で包む壮大なアートを実現してきた。クリストらの表現方法に適した言葉が見つからないのかどうか分からないが、梱包(wrapped)という言葉でくくられたりもする。でも、そう呼ばれるのが好きではなかったようだ。
 
 実際、建築物を包むだけでなく、コロラド州の渓谷に長さ5.6kmのカーテンを吊るすValley Curtainや、南フロリダ沖の11の島々をピンクの布で囲い込んだSurrounded Islands、ニューヨークのセントラルパークにサフラン色の布がたなびく7506本のアーチを建てたThe Gatesなど、彼ら自身が芸術的と思う表現方法でプロジェクトを実行し、そのほとんどが壮大だった。
 
 クリストらの目的は美しさと喜びだけだった。「私たちは何ら働きかけのないものを作る。(私たちがつくるのは)喜びだけである。(2018)」(The Irish Times)とクリストは言った。そして、「私たちがつくりだすのはアートであり、メッセージもないし、象徴でもない」(慶應義塾大学講演)とジャンヌ=クロードは質問者に答えている。要するに、全てが芸術のとしてカタチだった。
 
 これまでに類のないクリストらの表現方法への的確な言葉もなく、「環境アート」や「ランドアート」、「コンテンポラリーアート」などの言葉があてられているが、「ephemeral public art」とよぶ人もいる。ephemeral とは「短い期間だけ」とか「短命の」「はかない」といった意味がある。実に彼らのアートは14日間、もしくは16日間だけの展示に限られていた。
 
 ディスプレイデザインとアートは「展示」という同じ屋根の下に住み家族のようなものだ。アートがお父さんでディスプレイデザインは子供のような関係かもしれない。でも、領域を区分する奇妙な壁がある。そして、一方は"鑑賞"され、もう片方は"観賞"される。だが、壁にはドアがあり、ドアを行き来して、ディスプレイデザインとしてコラボレーションしてくれる芸術家もいる。アート作品は商業的目的として活用されるわけだが、アート側からすれば、展示環境がちょっと違うだけで、本質的には何も変わらないだろう。目的は同じ見せる行為にもかかわらず、アート作品はディプレイではなくアートのままである。
 
  特に、現代アートやインスタレーションとよばれる空間を使った仮設性の高いアート作品を商業的ディスプレイとして使ったとしても、大概の人は全く違和感を感じないだろう。逆に注目を集め、ディスプレイデザインの役割は果たされる。しかし、 アート作品の表現が商業的に利用されるかどうかで、その領域を線引きするならば、クリストたちはアートの領域から決して出なかった。製作にかかる費用は自分たちで調達し、観覧料も徴収せず、作品の写真販売やポスター、本などの版権も取らなかった。 (EgonZehnder) (The National)
 
 クリストらはセントラルパークのThe Gatsプロジェクトに約22億円(2100万ドル)を拠出し、400万人の人々が無料で黄金の川をイメージしたゲートをくぐった。クリストらが設定していた14日か16日という短い展示期間は、ディスプレイデザインの特徴の一つである「仮設性」に通じる。しかし、クリストらの仕事は全く商業目的に行われない。一方のディスプレイデザインは報酬なしではやってられない。この大きな違いを分水嶺と言っていいのかどうかは分からないが、ニューヨークタイムズ紙はクリストの芸術を「pure art」や「pure bueaty」と表現した。

2.包まれたディスプレイ
 

 

 風呂敷の包み方にも「平包み」や「お使い包み」「隠し包み」「四つ結び」などの種類があり、品格や機能に違いがある。

 
 「包む」行為には日本人独特の感覚があるようだ。インターネット上には"包みの美学"や"包みの文化"、"心を包む"といったキーワードも見られる。一口に包むといっても、日本の伝統的な包み方には、風呂敷や袱紗(ふくさ)のような布を使って物を包み方法や折型や祝儀袋のように紙による方法などがある。そして、それらの作法と様式美は日本人のデリケートな精神の表れと言えるだろう。
 
 伊勢丹デパートのオンラインギフトのコーナーには、「包むという行為には、慈しむ・ていねいに扱う・大切にするという精神的なものが含まれますが、これは日本人の心の深層にある儒教的な精神と相通じるようです。風呂敷をほどいて贈答品を出す行為は、相手を尊敬しているという証になります。」とある。また、呉善花氏によれば、包むという言葉は「慎む」に通じるそうだ。(『日本語の心』)心を包むという言い方はとても抽象的だが、NHKは日本の包む習慣を"Hidden Sentiments"という言葉で言い表した。
 
 それに対してラッピング(wrapping)という言葉にそうした精神も含意されているのかは分からない。西洋の人たちに日本人の包み行為の奥ゆかしさは理解できるのだろうか?しかし、『速度空間(六曜社)』という本の中に書かれている「梱」の解説は実に素敵だ。「ギフトにとってのパッケージ、あるいは身体に対する衣服。もしくは表情に作用するマスク。いずれも、やがて剥ぎ取られること表明しており。その時の出来事の予感が、力となってあらかじめ訪れる。」
 
 TASCHEN社が出版した『Christ & Jeanne-Claude』という本の中に、ドイツの国会議事堂ラッピングプロジェクト時に相手を説するクリストの言葉がある。「私たちはとても刺激的なものを作る。それは鉄でも石でも木でもない。布は太陽と風のフィジカリティを受ける。彼らはリフレッシュし、そしてすぐに消えていく。」そして、このプロジェクトは24年の歳月をかけて実現され、14日で消えた。ひょっとしたら、クリストたちのアートの喜びとは建物が包まれた瞬間だけではなく、それが消えていく刹那まで含まれていたのかもしれない。
 
 
 安全シートにプリントされた建設中の建物のイメージ
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 建設中の工事現場の安全メッシュシートは建物を覆う点でクリストらのアートとなんだか共通してそうだが、全くアートとはかけ離れている。安全を目的としたカバーであり、景観的にも美しくない。その多くは会社名やロゴマークが貼り付けられたり、プリントシートだったりする。
 
 相当昔のことだが、足場に取り付ける安全メッシュシートに建物のデザインをプリントすると、景観的にも精神的にも随分良いんじゃないかと考えていたが、その当時はプリント技術が追いついていなかった。だが、今ではそれが可能になった。メッシュターポリンにプリントし、安全メッシュシートと同じように防炎処理やハトメの取り付けもされる。製品規格にも問題はない。システマティックなデザインになっていて、組み合わせることで、ある程度の大きさや比率に対応できる。だから、他の現場でも使える。
 
 クリストらのアートは"wrapped project"だったが、こちらは"covered project"。建設中の建物をディスプレイデザインで覆う。そうすることで、無機質な安全メッシュシートを有機的に変えるに違いない。建築中の建物と周りの住民との良いコミュニケーションが生まれるかもしれない。全てはデザインに依存する。そして、建物ができた時、惜しまれるように消えていく。そんなデザインでありたい。
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